ルキアの霊圧の乱れと、突然の消失。
そして同じ場所で小さくなった一護の霊圧を感じ取り
雨竜、織姫、茶渡が黒崎家に駆けつけ、倒れる一護の前で喜助達と遭遇した。
その後、織姫の治療を受けた一護は雨竜たちと共に浦原商店へと向かった。
断界から虚圏に堕とされたであろうルキアを救う為に――――――
浦原商店の地下に作られた勉強部屋で、喜助が開いた黒腔の前で一護は目を閉じる。
姿を見なくとも浮んでくるのは、拘流に呑まれる瞬間、最後に見せたルキアの笑顔。
違う。
あんなふうに笑って欲しいわけじゃない。
俺は・・・・
覚悟を決めなきゃならねえ・・・・・・
「じゃあ、予定通り頼むな」
一護は雨竜と茶渡にそういい残すと、地面を蹴り黒腔に飛び込んだ。
The snow melted away 【後編】
埃と砂に覆われた虚圏に聳え立つ神殿『虚夜宮』
ここで現世と尸魂界を巻き込んだ戦争が行われたのはそう昔の話ではない。
一護が虚夜宮の外壁に触れると正面の壁が上に開き、中から緑色の長い髪を風に泳がせた女性が現れた。
見知った人物の顔に一護は少し笑みを浮べ、「よう」と短く声を掛ける。
「久しぶりだな。ネル」
「お久し振りです。一護」
「連絡も無しに突然来て悪かった」
「いいえ。一護の霊圧はすぐにわかりますから。どうぞ中へ」
人間が存在し、魂魄が現世と尸魂界の間を繰り返し流れ続ける限り
虚という存在は永遠に消えることは無い。
虚とはいわば『人の心』そのものだ。
ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク
破面で元十刀の彼女は現在、尸魂界の保護の元、虚圏の責任者としてこの地を管理している。
表向きは破面であっても『無害』という理由で尸魂界に保護され、虚圏の責任者を任されているという
ことになっているが、一護に言わせて見ればそれは『保護という監視』と何も変わらない。
元々尸魂界のやり方には気に入らない部分が多々あったが、
今の一護には「何が正義」なのかがよくわからなかった。
自分達が生きるために何かの命を奪う。
それは人間も同じだ。
ただ人間は社会一般の利害を考えないで
自分の欲望の充足と利益の追求を最優先にする事を『利己主義』という
人間のみに与えられた『大義名分』の元、実に都合よく生きている。
ただ『何を護るか』
護る対象によりそれらを取り囲む者の信念が
正義か悪かにわけられてしまう。
正義だと正当化されれば『利己主義』となり
悪だと言われれば除外される。
破面にだって、虚にだって
「護りたいもの」があるはずだ・・・・・・
しかし実際にその法則で護られている自分達としては
大きな口を叩くこともできない。
どんなに綺麗事を並べても、生きるってことはそれだけで結構残酷なことなんだ――――
それでも生きることを諦めきれないのは
やっぱり【望み】があるからじゃないのか・・・・・
ルキア・・・
お前にだって【望み】はあるんだろ・・・・
ネリエルに案内されながら一護は薄暗い虚夜宮の中を奥へと進んで行く。
「そういや、あいつらどうした?」
「ドンドチャッカとペッシェなら虚圏の見回りに行ってくれています」
不思議なことに亡くなる人が多い時期というものが現世にはある。
季節の変わり目だったり、天候の関係だったり、そういった時は同時に虚の出現率も多くなるのだ。
一護はネリエルの腰に提げられた斬魂刀を見て、自分よりずっと小さい背中に向かって
『なぁ、ネル。気分悪くしたらごめんな』と前置きをして、そっと質問を投げかける。
「同族を斬る事に躊躇いはないのか?」
「・・・・・・・」
ネリエルは進む足は止めぬまま、暫し無言のままだったが
ふと足を止め一護のほうを振り返り、斬魂刀の柄に触れながら言った。
「・・・それが『彼ら』を救うことになるのだと信じていますから」
「・・・ネル」
質問した一護のほうが苦しそうな顔をしているので
『気にしないで』とネリエルは微かに笑みを浮かべ『ここです』と、ひとつの扉を指差した。
「彼女が虚圏に来た時は驚きました。」
ネリエルが扉に手を翳すと、ウィンッという音を立てて扉が横にスライドする。
中からはドライアイスの冷気のガスにも似た霊圧が流れ出て、一護たちの足に纏わりつく。
ネリエルと共に部屋の奥に足を踏み入れた一護は、前の前の光景に自らの目を疑いたくなった。
部屋の中には巨大な氷柱があり、その中には眠るようにして目を伏せたルキアが立っていたのだ。
「ルキア!」
「彼女は虚圏に来るなり薄れていく意識の中で自らの身体を氷の柱の中に閉じ込めました」
まるで今にも『求めるもの』の元へ動き出そうとする我が身を押さえつけるように・・・・・
「彼女は尸魂界に属する者ですが、状況が状況なだけにまだ尸魂界には連絡を入れてはいません」
「おい!ルキア!」
一護はルキアの元に駆け寄ると氷柱を叩き、ルキアの名を呼び続ける。
「俺だ!目、開けろ!ルキア!」
拳を打ち付けられた氷の柱が部屋中にドンドンと音を響かせる。
そしてその振動に反応するように氷の中のルキアの指先が少しだけ動いたのと同時に、
黒く、濁った霊圧が床を這うようにして部屋全体に広がった。
「ルキッ!」
「っ!!さがって!一護!!」
氷柱が縦に大きくひび割れ、次の瞬間激しい音を立てて氷の塊が弾け飛ぶ。
後方に飛び、氷の弾丸を避ける一護の目に白い死覇装に身を包むルキアの姿が映った。
ゆっくりと開かれる瞳にいつもの菫色はどこにもなく、
黒に染まる白目に対し、白で彩られた虹彩が一護を大きく動揺させた。
その目には見覚えがある
『あいつ』と同じだ
俺の中にいる『もうひとりの俺』と――――
「一護!」
「動くな!ネル!」
斬魂刀に手をかけたネリエルを一護の声が制す。
「悪かったな、ネル。ここまで連れてきてもらっておいて偉そうなこといえねえけど
これ以上お前は手を出さないでくれ。これは俺が何とかしなきゃいけねえんだ」
それに必要以上に俺に肩入れしたことが尸魂界に知られるとネルだってお咎めなしというわけにもいかない。
一護は微小な氷の結晶がダイヤモンドのように輝きながら落下する中を歩き、ルキアの元へ向かう。
「よう、ルキア」
「わざわざ私に殺されに来たのか・・・一護・・・」
「俺は死なねえよ」
『俺が死ぬとお前が泣くからな』と口の端を上げる一護に、
ルキアは不快感を露に眉間に皺をよせ、腰の斬魂刀に手をかける。
「何をふざけた事を・・・」
間合いをとるように一護はルキアの数メートル前で足を止め、
ルキアの瞳を射抜くように、真っ直ぐに、自らが此処に来た理由をルキアへと告げる。
「俺は約束を果たしにきたんだ」
「『約束』・・だと・・・」
「あぁ。俺とお前の約束だ」
一護は肩に担いだ斬月に手を伸ばし、その切っ先をルキアへと向ける。
「俺はここにお前を斬りにきた」
「-----------」
ルキアの動きが止まる。
見開かれた瞳が微かに揺れた気がした。
ルキアは一度瞳を閉じ、再度開かれた瞳には狂おしいほどの殺意だけが宿っていた。
「いいだろう。私が貴様を斬るのが先か、貴様が私を斬るのが先か」
腰の斬魂刀に手を伸ばし、柄を握り締め鞘から刀身を抜く。
「実際に刃を交え、確かめてみるとしよう」
「時間がねえから全力でいくぞ!」
「いいだろう!」
ふたりは同時に斬魂刀を構え、叫んだ。
「卍解!!」
「舞え!袖白雪!」
解放されたルキアの斬魂刀には尸魂界一美しいといわれた曇りなき純白はどこにもなく
一護の手にしている天鎖斬月のように、刃も柄も鍔も全てが漆黒に染まっており、
それが今のルキアの心を表わしてるように見え、酷く胸が痛んだ。
ぶつかり合う刃が火花を散らし、甲高い金属の擦れる音がする。
「どうした!?貴様の本気がこの程度なわけなかろう!」
「ぐっ!」
袖白雪を払い、一旦ルキアとの間に距離を取る。
天鎖斬月を構え直す一護の頭を過るのは
虚圏に来る前に喜助に言われた言葉だった―――
『この作戦の最も重要な点は朽木さんの意識が表に出てきていることです』
「行くぞ一護!」
再びルキアが一護に切りかかろうとしたその時、
天井が割れ、そこから死覇装を身に纏った死神が大量に流れ込んできた。
その先頭では二番隊隊長である砕蜂が陣を取っていた。
「目標、十三番隊朽木ルキアを発見」
砕蜂は斬魂刀を抜くと、降下の勢いをそのままにルキアに斬魂刀を振り下ろす。
「やめろ!!」
一護はルキアと砕蜂の間に割って入り、素手で袖白雪を押さえ込むと、砕蜂の一撃を天鎖斬月で受け止める。
「邪魔をするな黒崎一護!」
「うるっせぇ!なんでテメーらがここにいる!?」
斬魂刀を押し返すと、砕蜂は軽やかに後方へ飛び、斬魂刀を一護とルキアへ向けた。
「現世にて朽木の霊圧が巨大な変化をみせた後、断界から虚圏へと堕とされたとの情報が
技術開発局より山本総隊長および各隊長に伝えられたのだ。
まるで以前起こった虚化現象のような状況に、山本総隊長は我等二番隊に
朽木ルキアの捕縛、もしくは排除を命じられたのだ!」
「なん・・・だと!?」
「邪魔をするならまず貴様から片付ける」
「話を聞けって!今ならまだルキアを助けられるかもしれねえんだよ!!」
「くだらんな。確実ではない方法など無に等しい。ならば完全な虚になる前に
斬ってやることが朽木のためだと何故解らん!」
駄目だ。
こいつらとは根本的に考え方が違いすぎる。
ルキアも俺に自分が完全に虚になる前に斬れといった。
何で皆簡単に諦めんだよ!
それが普通なのか?
俺がガキなだけなのか?
大切な奴には生きていて欲しいって思うことが
そんなにおかしなことなのかよ!!
「やめろ!お前らは手を出すな!!」
「ふん。貴様は手を出すなと言うが、朽木の方は違うようだな」
「何・・・」
砕蜂の言葉に、一護が背後へ振り返るとルキアは左手を砕蜂に向け、叫んだ。
「破道の三十三!!蒼火墜」
しかし来るとわかってい攻撃を避けることなど容易い。
砕蜂は舞うように鬼道をかわし、爆煙の中のルキアへ刺すように斬魂刀を突き出す。
ルキアは攻撃を寸前のところでかわし、袖白雪を下から掬い上げるように動かし砕蜂へ刃を向ける。
「抵抗するか・・・。いいだろう!同じ護廷隊として私が貴様を斬る!」
「ルキア!!」
「者共!黒崎一護を取り押さえろ!」
砕蜂の言葉にルキアの元へ向かおうとする一護を死神たちが取り囲む。
「邪魔だ!退け!」
ひとりひとりの力は大したことは無いのだが、数が多すぎる。
「いちいち一人ずつ相手なんかしてらんねえんだよ!!」
一護は天鎖斬月を大きく振りかぶり、振り下ろす寸前
目の前の隊士たちに言った。
「一応手加減しといてやるけど、避けねえと危ねえからな!」
黒い霊圧が滲み出るように天鎖斬月を包む。
「月牙天衝!!!」
砂塵が巻き上がり、衝撃が大地を揺らす。
無数の叫び声がこだまする中を一護は走り抜け、ルキアの元へ向かう。
「やめろ!砕蜂!」
「いい加減煩い男だ!」
砕蜂の霊圧の上昇と共に羽織が弾け飛び、その手に鬼道が渦を巻く。
一護は巻き上がる霊圧に我が身をとられ、繰り出された拳を避けるタイミングを失った。
「くそっ!」
瞬時に衝撃を予想して、腹部に力を込めるが、予想された衝撃が一護の身を襲うことはなく
代わりに目の前で小さく呻き声を上げるルキアの姿が視界に入った。
身体はくの字に折り曲がり、唇の端からは溢れた血液が伝う。
「ルキア!」
弾き飛ばされたルキアの身体を受け止め、両腿に力を入れ衝撃を地面と足の裏の間で削っていく。
「ルキア!!」
「いち・・・ご・・・」
薄らと開かれた瞳は先ほどまでとは違い、一護の好きな菫色だった。
「バカ野郎!何してんだよ!?」
「・・・・わからぬ」
刀を持つ者特有の厚い皮で覆われた一護の親指がルキアの唇を拭う。
なんであれルキアの意識が表に出てきた。
これでルキアを救える。
ルキアの腰をしっかりと抱き寄せ、細くて力無い身体を支える。
「ルキア。お前を助ける方法がひとつだけある」
「――――っ!?」
「でもこれは賭けだ。成功率は12%あるか無いかだってよ」
「・・・・・」
「でも俺はたとえ12%以下でもそれに賭けるって決めた。だからお前も腹くくれ」
本人の意思を無視したような要求に、一護らしいなとルキアは『はっ』と笑った。
「・・・・・随分強引だな」
「うるせえ。だからルキア、もう少し頑張れるか?」
「・・多分・・な・・」
負けず嫌いのこいつにしては珍しく弱気な発言だ。
本当に限界が近いのだろう。
ぐずぐずしてる場合じゃねえ。
しかしそんな一護とは裏腹にふたりの前に砕蜂と隊士たちが立ち塞がる。
「朽木をこちらに渡せ。黒崎一護」
「冗談じゃねえ。誰が従うかよ」
一護は天鎖斬月を構え、戦闘態勢へと入る。
「時間がねえんだ。次は手加減抜きだ」
空気が震え、並みの隊士は一護の眼光を前に数歩後退る。
「臆すな!一斉にかかれ!」
黒い波が一斉に一護とルキアに襲い掛かる。
一護が天鎖斬月を振り上げたと同時に、再び上空から聞きなれた声が一護の耳に飛び込んだ。
「咆えろ!蛇尾丸!!」
蛇のように踊りくねる刃が次々に隊士達をなぎ倒していく。
「恋次!?」
「阿散井!貴様!」
「すんません。砕蜂隊長」
一護の前に降り立ち、恋次は背後を振り返ることなく一護に『行け!』と声を上げた。
その一言で、恋次が何のために此処に来たのか。全てが一護にも伝わる。
「頼んだぜ。恋次!」
「現世に戻ったら一旦、黒腔を閉じろ!」
「わかった!」
一護はルキアを抱き上げ、床を蹴り恋次が通ってきた黒腔へと向かう。
すると一護たちと入れ替わるようにもうひとり虚圏へ飛び込んできた者がいた。
一瞬の出来事で姿を確認することは出来なかったが、一護にはそれが誰なのかすぐにわかった。
『ルキアのため』に率先して動く奴等なんて大体決まってる。
「待て黒崎一護!」
後を追おうとする砕蜂の足元に1本の斬魂刀が衝き立てられた。
「貴様・・・どういうつもりだ・・朽木白哉!」
砕蜂は目の前に舞い降りた白哉に詰め寄る。
「総隊長の命に背くつもりか」
「全ての責任は私がとる」
白哉は自らの羽織を脱ぎ、自らの意思を示した。
その横で、次第に閉じていく黒腔を眺めながら恋次は一護の言葉を思い出していた。
『頼んだぜ。恋次』!
バカ野郎
それはこっちの台詞だ
塞がっていく空の切れ目に恋次は祈るように呟いた。
「頼んだぜ。一護」
一護は黒腔を抜け、現世へと戻ると
浦原商店の地下では喜助をはじめ、雨竜達が控えていた。
「朽木さん!!」
織姫が今にも泣き出しそうな声でルキアへと駆け寄る。
「大丈夫朽木さん!?ごめんね!私何も知らなくて!」
「気にするな・・井上・・お前のせいではない」
真っ青な顔で笑ってみせてたってあんまり効果ねえだろっと一護はルキアを抱えなおす。
「しかし一護を庇った時から・・何故か『あの声』も聞えなくてな・・・今は少しだけ気分がいい」
大きく息を吐いて、気を緩めるようなルキアに一護も少しほっとする。
だが実際はまだ何も解決していない。
重要なのはこれからだ。
「黒崎さん。予定は大幅にずれてしまいましたが準備はできてます」
喜助は店のほうに一護とルキアを案内する。
ルキアを布団に寝かせ、これから行うことをルキアに簡単に説明する。
「いいですか、朽木さん。これから説明する方法は成功する確証も無ければ
実験も行っていない方法です。確かなことは1つだけ。失敗すればあなたは確実に死にます」
「御託はいい・・・早くしろ」
「これは以前、尸魂界で人の形を保てなくなった魂魄が消えるという事件が多発した際に
アタシが新たに開発した義骸の試作品です。」
「普通の義骸と何が違うんだ・・・?」
「この義骸はいわば緊急用。分解しかけた魂魄をもう一度人型の器に入れれば
魂魄は消えずに済むのでは。といのが当時のアタシの見解です。
つまり朽木さんの魂魄を一度分解させ虚化した部分と分離させ、再びこの義骸に戻します。
魂魄を削り落とすことになるわけですから、何かしら障害が起こるかもしれませんし、
もしかしたら何も起こらないかもしれない。それに霊力と違って失われた魂魄が戻ることもありません。
しかし、今朽木さんを救うとしたら方法はこれしかありません。」
全てを聞き終えてルキアは大きく息を吐いて苦笑して言った。
「なるほど、成功率12%以下という理由がよくわかった」
「実行するなら朽木さんの意識が表に出ている今しかありません。
またいつ再び朽木さんの意識が虚に呑まれるかわかりませんからね」
「・・・・わかった。ところで魂魄を分解するとは一体どうやって・・・」
ルキアがそう訊ねると、喜助は一護に視線を向ける。
それを追うようにルキアが一護に視線を向けると、琥珀色の瞳と目が合った。
「俺がお前に天鎖斬月を刺してそこから霊力を流し込む」
一護の言葉を補足するように喜助が説明を続けた。
「朽木さん以上の力を持つ人が朽木さんの魂魄に直接破壊しない程度の刺激を与え、魂魄自体を分解させます。
まぁ、物質の水溶液などに電流を通すことにより、物質を分解する電気分解のようなものです。
分解させた後で完全に朽木さんの魂魄から虚に侵された部分のみを切り離します。
失敗すれば朽木さんの魂魄はそのまま黒崎さんの力に負け、吹き飛ぶことになるかもしれません。
だからアタシはこの方法を伝える前に黒崎さんに確認をしました。」
「確認?」
「そう『黒崎さん。あなたに朽木さんが斬れますか?』ってね」
虚圏のルキアの元へ向かう前
喜助はルキアを救う唯一の方法を一護に説明した。
ひとつの質問の後で――――――
『黒崎さん。あなたに朽木さんが斬れますか?』
『は?なんだよそれ!?』
『もちろん彼女を殺すためではありません。しかしこの方法は成功する確率が極めて低い。
それでも彼女を助ける為に君は彼女を斬る事ができますか?』
『・・・・・』
『失敗すれば最愛の女性を自らの手で殺すことになる。
そうなった時。君は彼女の命を背負って生きていくことが出来ますか?』
『もうそれしかルキアを救う方法がねえんだろ?』
『アタシの知る限りでは』
『だったら覚悟決めるしかねえだろ!』
「黒崎さんは覚悟を決めました。あとは朽木さん。あなた次第です」
喜助の言葉にルキアは息を零すように「ふっ」と笑った。
「私の意志など関係ないさ。この莫迦者は自分は覚悟を決めたから
私にも腹をくくれと一方的な要求をしてきたくらいだからな」
ルキアは弱々しい力ながらに隣に座る一護の手を握る。
「もとより貴様が救った命だ。生かすも殺すも好きにしろ」
「助け甲斐のない奴・・・」
そういって一護はルキアの手を強く握り返した。
「では早速始めましょう。本来でしたら義骸の調整が完成した後で
朽木さんの義骸をもって石田さんと茶渡さんが虚圏に向かう予定だったのですが
それよりも先に二番隊の方々が乗り込んできたと思ったら、勝手に黒腔を通っていってしまって
どうしようかと思ってましたら阿散井さんと朽木さんのお兄さんが来て
自分達が二人を現世に送り返すからここで待っていろって二番隊の人たちを追いかけて行っちゃったんですよ」
『皆さん自由人ばかりで困ったものですね』とある意味では一番の自由人である喜助が扇子で自身をパタパタと煽ぐ。
すると一護が突如立ち上がり、喜助と部屋にいる雨竜達の方へを向き直って話し出す。
「悪いけど、俺とルキアのふたりだけでやらせてくれねえか」
「一護・・・」
一護の気持ちを酌んでか、皆はそれぞれに席を立ち、部屋の外へと出て行った。
「黒崎。失敗するなよ」
「一護。お前ならできる」
「朽木さん。頑張ってね」
「何かあったらすぐに呼んでください」
「あぁ・・・」
皆を見送り、一護が畳の上の天鎖斬月を拾い上げると、
身を屈めた一護に上半身だけを起こしたルキアが手を伸ばす。
一護は出しだされた手をとり、抱き上げるようにしてルキアの身体を腕の中へおさめた。
胸に額を当て、今ある力で必死にしがみ付くルキアの頭を一護は優しく撫で、ルキアに問い掛ける。
「怖いか?」
「少しだけな。お前は?」
「すっげぇ怖い」
「ふっ・・・」
「笑い事じゃねえだろ」
「先程も言ったが、この命はお前が救った命だ。失敗しても怨んだりはしないよ」
「お前が怨まなくても俺が白哉と恋次に殺される」
腕の中で小さく笑うルキアの名前を呼び、視線を上へと向けさせる。
「絶対に助ける」
一護の言葉にルキアは静かに頷いた。
「一護・・」
「あ?」
「最後にキスしたい」
「最後とか言う奴にはしてやらねえ」
「では『御守り』ということならいいだろう?」
「了解」
ふたりは唇を合わせ、互いに相手から力をもらう。
『大丈夫。成功する』
不思議とそんな気持ちが込み上げてくるような
優しくて、温かな口付けだった。
「いくぞ」
「あぁ」
一護の手に握られた天鎖斬月がルキアの身体を貫いた―――――――
それから四十九日。
「おはよう!石田君!」
「おはよう。井上さん」
教室に入ってくるなり、クラスメイトに元気に明るく挨拶をする織姫を見て
雨竜は『彼女には低血圧って言葉は一生無縁なんだろうな』と思った。
「あれ?黒崎君はまだきてないの?」
「あぁ、黒崎なら今日は多分休みだと思うよ」
「えっ!?黒崎君なにかあったの!?風邪!?」
「違うよ。ほら、今日は・・・」
「あぁ・・・そっか・・」
織姫は黒板に書かれた今日の日付を確認して納得した。
「黒崎君・・・大丈夫かな・・・」
『あれからずっと元気なかったもんね』と織姫は主の居ない空っぽの席を眺めた。
「黒崎自身覚悟を決めてやったことだからね。僕達にはどうすることもできない」
「・・・うん」
織姫は雲ひとつ無い青空を見上げ、ぽそっと呟いた。
「朽木さんが今の黒崎君を見たらなんていうかな・・・」
きっと
『しゃきっとせんか!莫迦者!』っていって
黒崎君の事蹴っちゃうんじゃないかな・・・・
あたしにはそんなことできないよ。
朽木さん。
同じ空の下。
一護はクラスメイトが見たら『似合わない』と指差されて笑われそうな花束を右手に持ち
浦原商店へと向かっていた。
「おはようございます」
「おや、いらっしゃい黒崎さん。今日はどうしました?」
そういった喜助も、一護が手にしていた花束を見て『あぁ』と納得した声を出し扇子を開いた。
「もうそんな日でしたか・・・」
「あいつには花なんて意味ないだろうけど。まぁ、一応形だけでもって思って」
「そんなことないですよ。きっと朽木さんも喜んでくれますよ」
喜助に促され、一護は店の奥へと入って行った。
「アタシはお茶でも用意してきますから、先に部屋に行っててください」
「おう」
喜助が向かった方とは逆の廊下を歩き、一護はある部屋へと向かった。
襖を開けると、そこは他の人から見れば何の変哲も無いただの和室だった。
ただ一護にとっては違う。
この部屋であの日、一護はルキアに剣を衝き立てた。
勿論心から望んだわけじゃない。
彼女を助ける為に仕方なく。
それがどんな結果を招くことになっても
決して後悔はしないと誓って――――
「それにしたっていい気分じゃねえよ」
部屋への一歩が踏み出せずにいた一護。
すると背後から伸びた足が一護の背中を蹴飛ばした。
「何を腑抜けた顔をしておる!しゃきっとせんか!莫迦者!!」
「痛っ!何すんだルキア!!」
畳みに擦りつけた鼻先を擦りながら一護は自分を蹴飛ばした張本人を怒鳴りつける。
「貴様がぐずぐずしているから私が後押しをしてやったのではないか!」
「お前のは『押し』じゃなくて『蹴り』じゃねえか!!」
今にも掴みかかってきそうな一護にルキアは『やれやれ』と大きな溜息をつく。
「久しぶりに再会したと言うのに相変わらず五月蝿い奴だな!貴様は」
「うっ!?」
ルキアにそういわれて、一護は手にしていた花束をそっとルキアに渡した。
「退院・・・おめでとう・・・・」
ルキアはそっぽ向いた一護から花束を受け取り、何だかくすぐったくて笑った。
「何だ?貴様、不服そうだな」
「そんなんじゃねえよ。・・・ただ恥ずかしいんだよ!こういうの」
「知っている」
花束を手にしたまま、ルキアは一護の胸に飛び込んだ。
あの日。
喜助の考えた策は見事に成功した。
ただ、始めに予想された通り、魂魄を削られたルキアの体力と霊圧の消耗は激しく
さらには緊張からか、一護の霊圧の振動が予定より強かった為ルキアは意識を失ったまま3日ほど目を覚まさなかったのだ。
その為、暫くの間は尸魂界の卯ノ花率いる救護専門である四番隊の救護詰所に【入院】することとなった。
そして今日が退院の日――――
「でも本当にあの時はどうなることかと思ったぜ」
「隣にいた浦原が気づいて部屋に飛び込んできたのだろう?」
茶を啜る一護の隣で、ルキアはちゃぶ台の正面に座る喜助に礼だといって茶菓子を手渡した。
「そうですよ〜。もう吃驚して、さらなが『裸足で駆けてく陽気なサ○エさん』状態でしたよ」
「あんた。現世に順応しすぎだろ?」
「黒崎さんも自分のせいだってすごい落ち込んじゃって大変だったんですから」
「うるせぇ!仕方ねえだろ!」
今だからこそ笑い話にできるが、あの時は本当に『もう終わりだ』って思ったんだぞと一護は茶を喉に流し込んだ。
「しかし浦原の話を聞いていたときは
正直、絶望ばかりの方法だと思ったが、一体何処に【12%】の希望があったのだ?」
食べ終わった煎餅の袋を意味も無く結んでいるルキアを見て、一護は内心『いるいる。こういうやつ』と呟いた。
「そうですね。【2%】ぐらいは朽木さんの虚化が黒崎さんや平子さん達のものとは違う
少し特殊なものだったと言う事ですかね。彼らの様な本格的な虚化だったらきっと今、朽木さんはここにいないでしょう。」
「なるほど。では残りの【10%】は?」
「それはですね〜」
ふふふと不気味な笑いを浮べながら喜助は一護のほうをのぞき見る。
「何だよ・・・」
「それは、この作戦を実行するのが黒崎さんだったということですかね」
「はぁ!?どういうことだよ!?」
「言ったでしょう?『想う力は鉄より強い』って。きっと黒崎さんなら朽木さんの救える。そう思ったンスよ」
言い終えた後で『お茶のおかわりいりますか?』と急須を手にする喜助に、
ルキアは『結構だ』といって立ち上がるとテーブルの上から煎餅だけを一枚拝借し、ついでに喜助に向かって言った。
「なら訂正しておけ。成功する確率は【100%】だ」
「結果論ですね。それに成功したのだってきっと『朽木さんだからこそ』ですよ」
「・・・・そうかもしれんな」
ルキアはポケットに煎餅をしまうと、花束を手にし、呆然とする一護に『行くぞ!』と声を掛けて部屋を出て行った。
「おい!待てよルキア!えっと!浦原さんご馳走さんでした」
「いえいえ。寧ろご馳走様なのはアタシの方ですよ♪」
「っ!?」
「ほらほら、早く追っかけないと朽木さん行っちゃいますよ」
「・・わかってる!!」
耳まで真っ赤にしてルキアを追いかける一護を見て喜助は
『青春してますね〜』と扇子を前後に動かした。
あ〜
熱い熱い
「ちょっと待てって!ルキア!」
太陽が照りつける中、一護は先を歩くルキアの手首を掴んだ。
掌に感じた体温の温かさに『こいつ生きてるんだよな』と実感する。
「どうした?一護」
「いや・・・お前さ、退院したばっかなんだからあんまり無理すんなよ」
「心配するな。ベッドに寝てばかりで最近は運動不足なんだ!」
鍛錬をし直さなければ!と意気込むルキアに程々になと一護はルキアの隣に立って歩く。
掴んだ手はしっかりと繋ぎなおして・・・・・
「なぁルキア」
「何だ?」
「あの時・・虚圏で砕蜂の攻撃から俺を護ったのは『どっちのお前』なんだ?」
そう一護に質問され、ルキアは自身の足元から伸びる影を見ながら質問に答える。
「わからぬ。私は一護が攻撃されそうになるのを『私の中』で見ていた。
しかし、あの時の私には身体を動かせるほどの主導権は与えられていなかったはずだ」
「じゃあやっぱり『あいつ』が・・・」
「『奴』が貴様を護りたかったのか、それとも自分以外の人間に貴様を殺されたくなかったのか
どちらにしろ『今の私』にはわからぬことだ・・・」
でも、できることなら『奴も』
【一護を護りたかった】のだと信じたい。
『奴』は私自身でもあるのだから―――――
「ルキア」
「今度はなんだ?」
いい加減本気で五月蝿いぞと言いたげな表情でルキアは一護の顔を見上げる。
しかしそんなものはお構いなしと一護は言葉を続けた。
「辛い時とか、自分じゃどうしようもできない時は逃げたっていい。
でもな『自分』からは絶対に逃げられねえんだからな。。それから・・・」
繋ぐ手に、自分でも強すぎるとわかるほど力を込めた。
「『俺』からも・・・な」
だからもう俺から逃げるなと・・・
ルキアに思い知らせるように・・・・
「どうだろうな・・・私は貴様のように強くはないからな」
「バーカ。護りたいものがあるから強いんだろ?」
お前がいなきゃ、俺だって強くなんていられねえんだよ。
握る手に汗が滲んで、一護の心の緊張がしっかりと伝わってくる。
照れくさくて、花束を覗き込むフリをして顔を隠した。
「大体自分が弱いってわかってるならお前はもう少し俺を頼れよ!」
「莫迦者。弱いからこそ、強くなる為には人に頼ってばかりはいられんのだ!」
「別にお前が弱くたって俺が護ればいいんじゃねえの」
「それでは誰が貴様を護ると言うのだ!?私しかおらんだろう!?」
「・・・・やっぱ訂正。お前弱くなんてねえよ」
こんなにも護られることを拒むお姫様なんて
自分が幼い頃に読み聞かせられた物語の中にはいなかった。
ましてや男を護ろうとするお姫様なんて聞いたこともない。
「一護」
「ん?」
「ありがとう」
その時のルキアの笑顔は
今にして思えば、今までのなかで『最高』の笑顔だった気がする。
思わず足を止めてしまった一護の手をすり抜け、
ルキアは太陽の光を浴びながら、アスファルトの上を歩いて行った。
繋いだ手を離しても
たとえ目には見えなくても
『想い』はしっかりと繋がっている
強くなろう
ふたりで・・・・
護っていこう
この想いを―――――
これからもずっと
「よし一護!今から学校に行くぞ!」
「はぁ!?今からかよ!?完全に遅刻だぞ」
「井上や石田!茶渡にも挨拶をせねばな!」
「ったく・・・二人揃って遅刻なんてまた何言われるかわかったもんじゃねえな・・・」
FIN
■コメント■
まず始めにまったくもってイチルキじゃなくてスンマセン(いきなりか)
さて、記念すべき15万打ということで、リクを受け付けさせていただきましたところ
15万打を踏んでくださったゆず様から
【もしルキアが一護や仮面の軍勢のように虚化(暴走状態)してしまい、その時一護は…。】
というリクを頂いた時は正直、とても衝撃的でした。斬新と言うか!てっきり甘々とかくると思ってたんで(笑)
しかし、私としてはすごくいい経験をさせていただきました。
このリクの話を書かせていただいたことでたくさんの方々から思わずニヤけちゃうような嬉しいお言葉も頂きました。
きっとゆず様の思い描くような話にはなっていないとは思いますが、東雲に書かせれば書かせればこんなもんです(苦笑)
では、ゆず様。
この度はリクをしてくださり、本当に有難う御座いました。
それにしても!・・・長っ!
前・中・後に分かれるってどういうことだ!これでも削ったのに!
全ては私の計画性の無さが招いた結果といっても過言ではないだろう。
しかもお待たせした割りに最後はこんなもんです(笑)
後編で重要なのは偉そうなこと言っといて実はちょっと失敗しちゃった一護ですかね。
基本は成功ですよ。でもやっぱり大切な人の命がかかったことですから!
動揺もするし、焦りもする。すんなり成功とはいきませんよ。
虚圏に残された兄様たちがどうなったとか(ちゃんとその後出てきましたよ)
何か罰を受けたのかとかいう辺りはご想像におまかせしますってことでひとつよろしく。
※義骸ネタに関して、ややネタバレ(?)というか、コミック未収録ネタが入っていますが
本編を読むにあたって特に当たり障りがないと判断し使用させていただきました。
(08.07.31)