医務室から出てきた唐之杜は狡噛に気づくと、金色の髪をかきあげ、ヒールが廊下を突く音を響かせながら狡噛へ近づいた。
すれ違いざまに、狡噛の隣に立ち止まる。
正面ではなく、互いの表情が窺えない位置。





「驚きを通り越して、恐怖さえ感じるわね」




唐之杜の言葉は、散弾銃で撃たれて重傷となった自分が出歩いていることに対してだと受け取った狡噛に対し、唐之杜は『朱ちゃんね』と、言葉を続けた。



「目の前で友人が殺されたっていうのに、色相がまったく濁ってないわ」



本人が落ち込んでいるのは姿を見なくてもわかる。
聞けば事件の後はほとんどといっていい程、睡眠もとっていないらしい。
それは仕方のないことだ。
20歳の女の子が目の前で友人を殺されたのだから。
それも、自分が公安局の人間であったが故に槙島に目をつけられ、囮にされ、命を奪われた。
何一つ、罪を犯していない人間が。


【舩原 ゆき】
検視のために台の上に横たえられた少女の閉じられた瞳からは涙の跡が見て取れた。
汚れた足の裏。不自然に長さの揃っていない髪。背中に刻まれた刃物による見覚えのない切り傷。
それだけ見ても、自分と離れた後、どれだけの恐怖をその身に刻みこまれたがわかる。
この先も、変わりない、どこか少し平凡とさえ感じてしまう日常が当たり前のように用意されているはずだったのに
朝、目が覚めたら狩り場に放り込まれたscapegoat。


しかも、その生贄の羊が自分にとって親友と呼べる人間であれば、常守朱の心情は本人に直接訊くまでもない。


こういってはなんだが、シビュラシステムが構築され、PSYCHO-PASSが導入された今の世の中でも
この手の事件は別段、珍しくはない。
PSYCHO-PASS判定が可能とはいえ、それが全ての人間に適応されるわけではない。
人手不足が原因の1つでもあるが、潜在犯を捕まえて事件を事前に防げても、
それは、たまたま【色相が濁ってから事件を起こすまでに時間差があったから】というだけ。
中には突発的に事件を起こす人間もいる。そういった人間に対して、シビュラシステムは後手に回っているといえるだろう。


そして自分も、かつて同じように仲間を失い、黒い沼に身を投げた。


愛する者ができるということは、幸福であり、同時に自らの足場を危うくする。
掛け替えのない者を失った時、人は簡単に堕ちていく。
深く、暗い、沼の底へ。


後悔はない。


セラピーを拒否して捜査を続行したのは自分自身の意志だ。
だが、常守には自分と同じ道を歩むなと、そう忠告するつもりで医務室に足を運んだ。
いくら色相が濁りにくいとはいえ、今回の事件ではそうもいかないだろうと。
しかし、実際には常守のPSYCHO-PASS色相は濁ってはいないという。
多少数値の上昇は見られても、それでも一般人の平均値とそう変わらないと唐之杜は言った。


「思わず機材が壊れているんじゃないかって、何度も確認したわ」


それでもやはり機材に不具合はない。
常守朱の色相は濁っていない。


「何をどうしたらそんな判定がでるのかしらね?」


赤で彩られた唇の端が、皮肉を含みつつ微かにあがる。
「数値と朱ちゃん。どっちを信じたらいいのかわからなくなるわ」




あなたはどっちを信じる?




遠ざかる足音と残された煙草の煙が、そう問いかけているように感じた。









自動扉の開く乾いた音。
隔てがなくなった視界の先は思わず目を細めたくなる程、白で統一された部屋。
中心に置かれた1台のベッドの端に腰掛け、床に着いた爪先を眺めるように下を向く朱。
白いワンピースのような病院服から覗く朱の白い肩が、狡噛にはより一層細く見える気がした。
狡噛は「入るぞ」と一方的に告げると、部屋の中に足を踏み入れる。

仕事用の黒のスーツに身を包む自分は、この部屋とはひどく対照的だ。


狡噛が近づく間も、朱は立ち上がるわけでもなく、振り返ることさえしなかった。
ただ、声をかけた時、肩が小さく震えたのを狡噛は見逃さなかった。
来客に気づいていないわけではないようだ。
顔を見せたくないというならそれでもいい。
狡噛はベッドを挟んで朱の後ろに立つと、ギシッと音をたててベッドに腰をおろした。
背を向け、視線を合わせない。


どちらも口を開かず、無言の時間が流れる。
狡噛はそれでも構わなかった。
無理に何かを聞き出そうとは思わない。
ただ一目でもいいから姿が見たかった。それだけを思ってここへ足を運んだ。
出て行けと言われれば今すぐにでも出て行くつもりだった。
しかし、朱は小さく息を吸った後で「どうしてもう動き回ってるんですか?」と消えそうな声で吐き出した。
思わず狡噛が振り返るも、朱は部屋に入ってきたときに見た姿のまま、視線を下に落したままだ。
しばらくその背中を見詰めてから、狡噛は視線を元に戻し、白い壁を見詰める。


「あの程度の怪我、食うもん食って、寝てればすぐに治る」
「・・・普通、治りませんよ。狡噛さんが異常なんです」
「縢に同じこと言われたな」
「仕事・・・休んでしまってすみません」
「俺も復帰したばかりだ。謝罪ならギノにいえ」
「そうですよね。きっと宜野座さんひとりで大変ですよね」
「上からの補助人員も何人かきてる。それにあんたが来る前にも何度かこういうことはあったから、慣れてるだろ」
「すごいですね。私だったら宜野座さんの穴埋めなんて絶対にできませんよ」


もう一度「できませんよ」と呟いた後で、朱は言葉を切った。
ここに来た時と同じように、再び部屋の中を沈黙が覆う。

どれくらいそうしていただろう。
再び沈黙を破ったのは朱の方だった。




「この前、無理を言ってゆきのお通夜に行ったんです」
まるで朱の心が軋むように、言葉の後でベッドが軋む音が聞こえた。
「おばさん…ゆきのお母さんに叩かれちゃいました」
そういって朱は、腫れは引いたのに未だ熱を帯びている気がする自らの頬に触れた。
それほどまでに、痛みは頬と胸に焼きついていて、ゆきの母親の泣き崩れる姿が頭から離れない。

『どうして・・・ゆきが・・・』と泣き叫ぶ母親。
『妻も混乱するから申し訳ないが帰ってもらえないか。できれば葬儀にも参列しないでほしい』といった父親。

「当然ですよね。ご家族は何故ゆきが死んだのか、教えても貰えないんですから」
「事件の詳細は民間人には話せない。そういう決まりだ」
「わかっています。でもご両親は知りたかったと思います・・・。どうしてゆきが、自分の娘が死ななければならなかったのか」
愛すべき家族が突然この世界から姿を消して、その理由を知りたくない人間なんているわけがない。
どんな理不尽が、娘を殺したのか、知りたいに決まっている。知る権利だってある。
「誰がゆきを殺したのか」
「槙島聖護だ」
「誰がゆきを見殺しに…したのか」

ゆきの泣き声が、ずっと耳に残ってる。

「報告書は読んだ。あの場であんたが使ったこともない散弾銃なんか使おうもんなら、槙島の隣にいた舩原ゆきも危険だった」
「でも、ドミネーターを手放して、ちゃんと両手で狙いを定めていたら、ゆきを傷つけずに槙島聖護だけを撃てたかもしれません」
なのに私は、ドミネーターを手放せなかった。
「前に狡噛さん、言いましたよね?『銃のいいなりになって何人もの潜在犯を撃ってきた』『命じられたままに獲物を仕留める猟犬の習性が染みついてた』って。私はそんな狡噛さんを否定して、初めての事件で狡噛さんを撃った。でも、私自身がシビュラに依存していたんです。
槙島聖護は悪だとわかっていたのに、ゆきを殺させたくないって思っていたのに、銃を向ける度にシビュラが槙島聖護を執行対象ではないという言葉を聞いて、撃てなかった。システムに縛られない人の命を奪える道具を・・・引き金を・・引けなかった・・・」
シビュラシステムに『撃てと言われたから撃った』と、どこかで自分を正当化したくて、自分の意志だけで、引き金を引けなかった。
「ゆきは私に…助けてって言ったのに!!」
槙島聖護を撃てなかった私に、ゆきが「朱・・・」と私の名前を呼んだ。
あの時、ゆきは何を思ったのだろう。「何で撃ってくれないの?」「私を助けてくれないの?」って思ったに違いない。
それさえも、今となってはゆき本人に問うこともできない。
だって彼女はもう、この世界にはいないのだから。
「助けるからって・・・いったのに・・・」
そこまで言って、自分の目から涙が溢れていることに気が付き、手の甲で強く拭う。
顔をあげると、ベッドの横に置かれた機材が目に入る。
画面に表示されるのは、自分の心拍とPSYCHO-PASS数値。
「私…最低だ…」
思わずその数字から目を背け、苦笑交じりに呟いた。
「あんな事件の後なのに私のPSYCHO-PASS、クリアカラーなんです」
数値も普段とほとんど変わらない。
佐々山執行官の事件の後、狡噛さんは犯罪係数が上昇したと言っていたけど、自分には然したる変化もない。
親友が死んだというのに。それも自分のせいで。
「友人を見捨てる最低な私なのに…こんなに悲しくて、苦しいのに」


あぁ・・・
私、本当に最低だ…


「こんなときばっかりシビュラシステムを否定して・・・」
槙島聖護を執行対象じゃないと言われた時は、逆らうことができなかった私が、自分を否定するシステムは否定するなんて。
「槙島聖護が言ったんです。『自分はPSYCHO-PASSが一度も曇ったことがない。善なる人の行いだと生体反応が肯定しているから』って・・・」
ゆえに犯罪係数も上昇しないし、PSYCHO-PASSも曇らない。



「私も…同じなんですかね…」




槙島聖護と・・・


そう、言おうとした時、勢いよく肩を引かれ、上半身を捩じるように振り向かされた。
「あんたとあいつは違う」
力強い瞳に見つめられ、朱の身体は動きを止めた。
不謹慎かもしれないが、その瞳を「なんて綺麗なんだろう」などと思ってしまう。

「舩原ゆきをこの件に巻き込んだのは俺の責任だ」
そう口にする狡噛は朱から視線を逸らすこともせず、真っ直ぐな視線と言葉を朱だけに向ける。
「槙島は、舩原ゆきを餌にあんたを釣り上げ、代わりに俺が探しにいくことまで予想して彼女を誘拐した。
その証拠に、狩り場への誘導は偽造されたあんたの声が用意されていた」
常守朱が狙いなら、そんなもの用意する必要はない。
「彼女を護りきれなかった俺の責任でもある」
「違いますよ。狡噛さんはちゃんとゆきを守ってくれました」
貴方は何も悪くないのだと、それだけはちゃんと伝えたくて、あふれる涙を拭うこともせず、朱は狡噛の瞳を見つめ、言葉を続ける。
「誘導に私の声が使われていたのも、狙いが狡噛さんだったかもしれないのも宜野座さんに聞いて知っています」
公私混同で狡噛さんを現場に連れて行ったのが自分なら、さらに狩り場にまで誘導したのが偽物とはいえ自分の指示だったなんて
初めて聞かされた時は鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
「重傷を負いながら、民間人を連れての交戦が大変なことは、経験のない私にだってわかります。
それでも狡噛さんはゆきを見捨てなかった。ずっと護ってくれていた。ありがとうございます。狡噛さん」


だから貴方は何一つ悪くない。


その言葉を最後に、朱は狡噛から視線を逸らし、動いた拍子に瞳にたまった涙が落ち、ポタポタと音をたててからシーツを濡らす。
「なのに、私が最後の最後でゆきを見捨てたんです」
狡噛の瞳を見詰めたまま、自らの罪を告白することは朱にはどうしてもできなかった。
鋭く、澄んだ瞳に、汚れた自分を映してほしくなかったから。
「そもそも私が狡噛さんに相談なんてしなければ、狡噛さんも敵の罠にかかることもなかったし、怪我だってしなくてすんだんです」
私がひとりで呼び出しに応じていれば!!と叫ぼうとした朱の言葉は、押し当てられた狡噛の胸元に自らの身体同様、吸い込まれ、消えてしまった。
「あの狩り場にあんたが一人で出向いてたと思うと吐き気がする。内臓を引っ掻き回されてる気分だ」
「狡・・・噛・・・さん」
言葉と同時に後頭部に添えられた狡噛の手に力が込められた気がした。
「スプーキーブーギー・・・菅原昭子が死んだときにも言ったな。今はただ責任を果たすことだけを考えろ」
「でも・・・」
「それとも、いつまでもこんなところで立ち止まっているつもりか?」
「でも・・・私は」
「シュビュラを否定したければすればいい。疑問があるなら疑え。ただ歩みを止めることだけはやめろ」


そうだ。
狡噛慎也という人は何があっても立ち止まることだけはしなかった。
自分が沼に落ちても、ずっと、ずっと泥を掻き分け、歩み続けてる。


「初めは、あんたに『俺と同じようにはなるな』と言うつもりでいた」
『だから、そのまま立ち止まってしまえ』と。
「だが、あんたのPSYCHO-PASSは濁らなかった」
「・・・・」
「なら、その色相が濁り難い特異体質を活かして、潜れるところまで潜ってみろ」
「狡噛さん」
「沼の中で、汚れず、身の潔白を保ち続ける槙島に、汚れることなく近づけるのは、今のところあんただけだ」


本当なら、どこにもやらず、この腕の中に閉じ込めておきたいところだが、きっと彼女はそれを望まない。
今はただ、少し心が弱って立ち止まっているだけで、誰かが後押しなんてしなくとも、そのうち一人で走り出す。
だが、崩れ落ちたその細くて、小さな身体に、手を差し伸べるくらいはしてもいいだろう。



「あんたにしか、できない仕事だ」



腕の中で、細い肩が震えた。
ただ、初めて病室に入ってきた時にみた怯えるような震えではなく、木が芽吹くような、決意が生れ、育つ震え。
きっと、こいつはもう大丈夫だ。
あとは自分で決めて、自分のタイミングで歩き出す。


「常守朱執行官。ひとつだけ約束してくれ。」
後頭部に添えられていた手の力が弱まったのを感じて、朱は額を狡噛の胸から離し、視線を上げる。
予想していたより近い位置にあった狡噛の顔に、朱の身体が小さく跳ねた。
互いの額が触れ合いそうな距離に、そこから動くこともできない。
「今回のことで、今後何かあった時、俺に相談するのをやめようなんて思うな」
「えっ…?」
「槙島を追っているのはあんただけじゃない」
「奴は必ずまたあんたに接触してくる」
俺を引っ張り出すために、今度こそあんた自身を餌にして。
「餌として十分効果があるのは俺が一番よく知ってる」
狡噛の額が朱の顔の横を通り過ぎ、朱の肩の上へと降りる。
逆立った髪が、思っていたよりずっと柔らかくて、首に触れてくすぐったい。
「奪われてたまるか…」
「こっ・・・狡噛・・さん?」
横目に見えた朱の鎖骨周辺の肌が赤みを帯びているのに気づいて、思わず狡噛から笑みがこぼれた。
病室に入った時に目にした死んだ魚みたいに真っ青な肌でいられるより、ずっといい。
「何かあったらすぐに言え。俺だけじゃない。ギノに征陸のとっつぁん。縢や六合塚もいる。
PSYCHO-PASSのことで気になることがあるなら唐之杜も力をかしてくれる。立ち止まるなとは言ったが一人で突っ走るのはやめてくれ」
「・・・・・」
「返事は?」
「あっ・・・はっ!はい!!」
返事を受け取って、その約束が守られることを願いながら狡噛が顔をあげると、先ほど目にした肌同様に顔を赤く染めた朱と目が合って
少し照れくさくて、もう一度、朱の後頭部に手を当てると、少し力を入れて強制的に視線を下へと落とさせる。
「あんたが退院したら俺は舩原ゆきの墓参りに行く」
「え?」
表情は見えないが、きっと大きな瞳が限界まで見開かれていることだろう。
「彼女の協力がなかったら俺もやられていた」
あの状況下で、泣き喚いたりしないだけでも十分根性のある娘だと感心した。
さすがは、『あの常守執行官』の友人だと。
「だが俺は潜在犯だ。ひとりでは出歩けない」
狡噛の言おうとしていることを理解したのか、シーツを握る朱の手がきつく結ばれる
きっと瞳に涙を浮かべているに違いない。
「だから、あんたもついてこい」
「でも・・・」
「家族に見つかりさえしなければ問題ない。それでも気になるならホロスーツで変装でもすればいい」
狡噛が言うと冗談なのか、本気なのか、正直言って解りづらい。
「公共スペースではフルフェイスホロは違法です」
「じゃあ、ちゃんと顔を向けろ。彼女に恥じることがないように」
「・・・はい」
朱が顔をあげると、狡噛は後頭部に添えていた手を髪の上を滑るようにひと撫でして、シーツの上に下ろす。
「本人の目の前でちゃんと誓え。槙島を必ず捕まえると」
「はい・・・」
「声が小さい」
「はい!」
涙に濡れてなお、揺るぎない決意を感じさせる朱の返事を聞いて、狡噛は安堵を孕んだ笑みを浮かべる。
思えば自分は、信念を持った常守のその強い瞳が一番好きなのかもしれない。


ありがとうございます。
狡噛さん


常守の聞こえた気がしたが、確認するより先に俺は意識を手放した。









ふらふらと横に揺れた狡噛の身体がベッドの上に倒れこみ、朱は狡噛の名を叫んで、駆け寄るようにして腕に触れた。
手のひらいっぱいに感じた生温かく、ぬるっとした感触に、自らの手を覗き込めば、黒味を帯びた赤に染まった自分の掌が目に入る。
慌ててスーツのジャケットを捲り上げれば、自分の掌と同じように赤く染まったワイシャツが姿を現した。





『あら?やっぱり傷口開いちゃったわね』




どこからか聞こえてくる艶を含む聞き覚えのある声に朱が辺りを見渡すと、ベッド横のモニターに唐之杜の姿が映し出された。
「唐之杜さん!?」
『まったく。何度も退院させろっていうから「傷口開く覚悟があるんだったらどうぞ」っていったら本当に病室抜け出してくるんだもの。案の定、傷口開いちゃって。自業自得ってやつよね。朱ちゃんもそう思うでしょう?』
「おっ・・・落ち着いて話してる場合ですか!?」
朱が訴えるも、唐之杜は毎度のことながら話を聞く素振りも見せずに自分の主張を語り続ける。
『大体、自分が銃弾何発くらってると思ってるのかしら。生きてるのが不思議なくらいだって言うのに、術後、驚異的なスピードで意識を取り戻したと思ったら今度は退院させろっていうんだから。そんなにも会いたい人でもいたのかしらね』
そういって、片目を閉じ、悪戯っぽく微笑むと、唐之杜はモニターのスイッチに手を触れる。
『すぐに医療ドローンを向かわせるから、暫くそこに寝かせておいて』
そう言葉を残して、画面が消えた。


再び二人きりの病室に戻っただけなのに、なんだか先程より居心地が悪い。
というより、緊張する。すごく。

意識を失った狡噛の顔を覗き込むと、額にうっすらと脂汗が浮かび上がっている。
「苦しい・・ですよね」
先程まで肩口に触れていた狡噛の黒髪を、血の付いていない方の掌でそっと撫でる。
こんなことで痛みが和らぐわけはないのだが、そうせずにはいられなかった。
「心配してくれた・・・んですよね。私のこと」
もちろん返事はない。
というか、返事をされるということは、独り言を聞かれていたということで、それはそれで困る。


だから、どうかもう少しだけ、目を覚まさないで。






「ありがとうございます。狡噛さん・・・」






ありがとう・・・





生きていてくれて・・・・・








「今度は私が守りますから」





今度こそ、必ず――






「見ていてね。ゆき」



見守っていてなんて言わない。
許してなんて言わない。


だから、見届けて。






私の仕事を




私自身を―――







FIN






長っ!
11話が衝撃的すぎて、初のPSYCHO-PASS小説。
狡朱なのにちっとも甘くない!むしろ暗いわ。




誤字脱字帝王なんで、許してください。